top of page
検索
  • 執筆者の写真高田

ISiS /Case.1_高田えぬひろ

ISiS /Case.1

作者:高田えぬひろ

所要時間…約90分

百瀬護煕(ももせ もりひろ)/不問:

先生/不問:

神代アラタ(かみしろ あらた)/二級書記官1♂:

眞南ショウ(まなみ しょう)/二級書記官2♂:

安延ミワ(やすのべ みわ)/女1/スケーラー♀:

ウチタチ/男1♂:

丑寅ガク(うしとら がく)/♂:

高橋ジュカ(たかはし じゅか)♀:

兼ね役:男2

Scene 1

〇新宿廃棄区画

<とたんで作られた小屋が乱立し、油とタバコの吸い殻で追われた廃棄地域の道>

<一組の男女と、それにつれられた少年が走っている>

<三人とも非常にあわてた様子で走る>

男1:はぁっ…はぁ…

女1:はぁっ…はぁ…

男1:おい!もっと早く走れねぇのか!

女1:む、無理よ…すこし休ませ…

男1:うるせぇ!そこの壁はホログラムだ!奥に路地が続いてるから、そのまま着いてこい!

女1:ちょっと、待ちなさいよ…

ガクM:100年前、ちょうどこの話を聞いている君達が生きている頃は、世界はもっと沢山の国に分かれていたと授業で習った。世界人口の上昇率は1.2%。医療技術の発展も手助けとなり、地球上にはとにかく人間が溢れていた。しかし、2060年代についに100億を突破した世界人口は、ある年に、当時アメリカと呼ばれていた国で起きたほんの一瞬の穀物の不作がきっかけになり、一気に減少することとなる。歯止めのかからない人口減少に危機を感じた諸国家は、人類全体の数を保持するため、数か国内で自立的かつ閉鎖的に経済活動を行う連合国家を形成した。そうだな。君達の時代でいえば、EUが加盟国以外とは一切交易を断った状態を想像してもらえればわかりやすいかもしれない。これにより、一つの大国の状態に世界全体が左右されるということは無くなり、世界人口もある程度の値で推移するくらいまで安定した。

百瀬M:このような中で、かつて日本や中国と呼ばれていた国々により構成される東亜連合国家にて、あるシステムが開発された。ISiS (イシス)。エジプト神話に登場する平和と豊穣の女神の名前を冠したこのシステムは、自立思考型AIによる客観的かつ合理的な予測モデルの構築により、文字通り、人々に平和と豊穣をもたらした。このシステムが特に功を奏したのは、連合国家内での犯罪発生件数の抑制への試みだった。

アラタM:連合国家設立当時、ただでさえ、人口減少が顕著であった当時には、各所で発生する犯罪の取り締まりにまで人員を割く余裕など到底なかったようだ。しかし、複数の国家が集まることによって成立した連合国家内には、幾通りもの倫理や法が乱立しており、取り締まりには膨大な人員が必要とされていた。そこで、それらを管理する“何か”が求められていた。そんな折、図ったかのようなタイミングで自立志思考型人工知能“ISiS”が発表された。ISiSはそれまではあり得なかった情報量を、それまで考えられなかったスピードで処理することができるシステムとして、当時、あらゆる方面から資金を集めた。こうして確立されたイシスを用いて当時までの犯罪の各データを分析し、それと国民一人一人を比較することにより、個人が将来的に犯罪を起こす可能性を客観的に示す予測モデルを構築した。これにより、ISiSは取り締まりの自動化による必要人員の削減と各国共通の、ただ一つの倫理基準をもたらした。 ショウM:現在、我々東亜連合国家の構成員は、ISiSによって判定される倫理基準を元に、すべての意思決定を行っている。連合国家は治安維持組織として‘東亜司法裁判所’を設置し、携帯型測定用端末‘Scaler (スケーラー)’や街頭スキャナーにより個人の心理状態を示す数値‘I-Pass(アイパス)’を常に測定する体制を敷いた。ISiSが黒と判定すればすべては黒になる。逆もまた然り。こうして、我が連合国家は、おそらく歴史上初めて、人間ではなく、AIにより完全に統治される体制のもとに安定した。

Scene2

<警察のサイレン>

<数人が走る音>

二級書記官1:おい、いたか!?

二級書記官2:いや、こっちにもいない

二級書記官1:くそ、どこに行った…周辺の街頭モニターを全部通り抜けるなんて

二級書記官2:事情聴取の際に委員がスケーラーで計測したときには、すでにポイントが30を下回っている。つまり、即時執行対象だ。いつどこで何をしてもおかしくない。応援を呼んで一刻も早く見つけ出すぞ

二級書記官1:はっ…この時代に人海戦術か。そんなアナログな手法に頼らざるをえないとは…

二級書記官2:愚痴は退勤後、いつもの喫茶店で聞いてやる。行くぞ。

二級書記官1:(舌打ち) 仕方ないか…こちら委員会番号1東12 (ひと とう ひと ふた) 。目標を見失った。増員を要請する。目標の固体識別名は…

Scene3

<二級書記官からの追跡を逃れる三人>

男1:(荒い息を整えながら通話) も、もしもし!このルートをたどれば問題ないんだな!?…おい?おい!?

   …くそっ!!

女1:もう、なんなのよ!いったい…!

<男1無視して、何かを考えている。>

女1:…あたしたちを巻き込まないでよ!あたし達まで基準値下回って目をつけられちゃったら…

男1:うるせぇ、さっさときやがれ!くそが!街頭スキャナーを避けて逃げるだけでも苦労するってのに、ガキなんか連れてやがるから…

百瀬:君はISiSが何の略なのか知っているかな?

男1:…っ!誰だ!!

百瀬:イシスとはIntegrative Surveillance System (インテグレイティブ サービュランス システム)、つまり、統合的な監視システムの略称だ。大体20年前に開発された管理システムを指している。過去の犯罪者の行動、犯行時の体内の代謝活性パターン等をビッグデータ化し、犯罪を起こす可能性のある人間を事前に探索・監視するシステムのことだ。このシステムの確立は、連合国家内の様々な犯罪を未然に防ぎ、また、世界中の様々な公安機関の無能化に大いに貢献した。

男1:…だからどうした…出てきやがれ!!

百瀬:あー、もう。要は、そんなシステムに頼り切りになった結果、街頭スキャナーの死角を炙り出せば自ずと逃走経路が浮かび上がってくるということさえも、今の委員会は気づきもしないということだ。はぁ。全く、ツッコミどころが満載だとは思わないか。システムを神格化しすぎている。…あぁ、ちなみに、私はここだ。…こんばんは。

男1:…お前、委員会の人間じゃないのか?

百瀬:さぁな。スケーラー起動。

スケーラー:携帯型量刑診断システムScaler起動。ISiSサーバーとの接続を確立。ユーザー認証中。ユーザー認証に失敗しました。トリガーをロックします。

百瀬:マニュアルによる声紋、ならびにコード認証。コード、Baker0617 (ベーカー まる ろく ひと なな)

スケーラー:認証しました。裁判官、百瀬護煕(ももせ もりひろ)。ユーザーの判断による量刑を許可します。

百瀬:これはスケーラー。どこぞの漫画に出てくる測定器に似ているが、これが測るのは戦闘力じゃない。こいつで、お前の脊椎に埋め込まれているチップが測定している個体データを取得し、それをもとにイシスがアイパスを測定し、そこからポイントを割り出す。アイパスは流石に知っているな。ポイントが30~20であれば、容疑者。更生の余地ありとして、チップから電流を流し、気絶させて身柄を保護する。まぁ、赤点の再テストみたいなもんだ。20以下であれば、廃棄対象として処分。見つけ次第即時執行。チップから一酸化炭素が体内に放出され、一瞬でさようなら。この世界には要らん!…となるわけだ。

男1:…委員会の人間じゃないとシステムは使えないんじゃねぇのか?

百瀬:大人の事情だ。そこの子にはまだ早いから、話すのはよそう。ISiS、計測開始。

スケーラー:対象のアイパスの測定を開始します。

男1:…やめろ。

スケーラー:対象の個体識別番号を確認。センターにて測定値を計算中。

男1:やめてくれ…

スケーラー:計算終了。ポイント“12”。執行対象です。速やかに、対象を処分してください。

男1:やめろぉぉぉぉお!

百瀬:20以下か。そうかぁ、お前。廃棄対象犯となっちゃぁ、そりゃ乱れるか。

男1:うるせぇぇぇぇえ!

<男1、殴りかかろうとする>

百瀬:(右足の軽い踏み込み。来るのは右のストレートだ。言動と違って意外に冷静だな。感心だが、右手でこれを受け流し、左手で相手の右鼓膜を破壊。不意のダメージに興奮した相手が放った左を、右肘でガード。再度放たれた左を屈んで避け、右掌底で相手の顎を粉砕。後ろによろけた相手の股間に一蹴り。前かがみになった相手の顔面にさらに一蹴り、でフィニッシュ。)

男1:うらぁあ!

百瀬:右ストレートを受けながし、鼓膜を破壊。

男1:ぐぁあ!?く、くっそぉぉお…!

百瀬:左をガード、掌底で顎を破壊。

男1:ぐはっ…!

<しばらく男1と百瀬戦い、その間に女1のセリフ>

女1:(小声で)今のうちに、逃げるわよ…

百瀬:股間に一撃。…失礼。

男1:んんんんんんん!?

百瀬;…最後に、顔面に一撃。

男1:がっ!…くそ、が。

百瀬:ふぅ…安心しろ。正式な量刑および執行は私の仕事ではなく彼らの仕事だ。まだ暫くは生きていられるぞ。

二級書記官1:み、見つけたぞ…!…ん?誰だ、お前は。

百瀬:いやぁ、助かった!彼を頼む。ポイント20以下だ。さっきも殴りかかってきたし、近づきたくない。怖いし。

二級書記官1:20以下!?くそ、一旦高橋裁判官に連絡か。…ん?お前なぜこいつのポイントを把握して…

<振り返るが、百瀬の姿は消えている。>

二級書記官1:なっ…!どこへ行った…



Scene4

〇聖護院司法学校

<授業中>

<3時限目>

先生:…つまり、現在の体制は、ベンサムから端を発した功利主義に基づいています。快楽を善、苦痛を悪とした価値基準を設け、帰結主義にのっとる。また、ベンサムの“幸福度”について、社会を構成する人員分加算した総数が最大となる点を理想として仮定する「最大多数の最大幸福」。この功利主義に基づき社会を形成することによって、我々は最大限に合理化された世界の構築に成功しました。さらにーー

アラタ、ショウ、ミワ、ガク、授業中にひそひそ声で話している。

アラタ:なぁ、今日の放課後どうする?

ショウ:ん?いつものマック・ド・ナルド行くんじゃないのか。

アラタ:いやぁ、さすがに飽きてきたっしょ。入学してからほぼ毎日それよ?

ミワ:仕方ないでしょ。政府非認可のお店なんか行って、自分のポイント下げるようなことしたくないじゃない。

ガク:人生は長いからね。人生120年時代の今、15歳の僕らがこの時点でポイントを過度に浪費するのは合理的じゃない。

アラタ:いやぁ、元気いっぱいの僕ちゃん的には、むしろカラオケとか行ってパーっと騒いだ方が、精神も安定して社会に貢献できると思うんだけどなぁ。

ミワ:仮に行ったとして何歌うのよ。アラタくん、たいして歌歌えないじゃない。

アラタ:なにを!俺だってマイクを取ればなぁ!

先生:(被せて)うるさいですよ。

<先生、高速でチョークをなげてくる。>

<アラタのおでこにあたり、砕けちる。>

アラタ:いたい!

ショウ:声がでかいんだよ、バカ。

ミワ:怒られちゃったじゃない。

先生:最初から気づいてましたよー。

ガク:はぁ、まったく。

先生:ガク君、君もですよ。

ガク:…ほう、やりますね。教科書をたて、口元を隠しつつ、目線は黒板に向けながら必要最低限の音量で喋っていたというのに。

先生:だって今黒板何も書いてないもの。自慢じゃないですけど、私の授業はほぼ解説で終わるため、面白くないことで有名ですからね。

ショウ:わかっているなら改善できませんか。

先生:長年の積み重ねの結果ですから。難しいです。

ミワ:そうやって年長者は自分の中の正解を肯定しすぎるから、下の世代が成長しないんですよ?

先生:授業中の私語の理由にはなりませんよ。私語をするくらいならば内職しなさい。

アラタ:それはそれで先生のいうことか。

先生:それが有意義であるならば、自発的に時間の使い方を決めることは咎めませんよ。私の話を聞くも、違う勉学の時間に使うも、あなた個人の責任ですから。

ガク:今どんな時間を過ごそうと、それこそ授業中に私語をしようと、僕たちの将来はある程度決まっています。もはや、AIやRPAに経済が代替されて就業自体が娯楽化している今の世の中では、今この時間に何をするかなんて、大した意味ないじゃないですか。

先生:そんなことはないですよ。「人生とは自転車のようなものだ。倒れないようにするには走らなければならない。」

ガク:アインシュタインの時代なんて何百年前だと思っているんですか。今はしっかり補助輪付きですから問題ないですよよ。

先生:まったく。そんなことでは、将来を有意義にすごせませんよ。

アラタ:ははは、先生。俺たちにとっては、将来なにやってるかより、今日どこにいくのかの方が大事なんすよ。


Scene5

〇マック・ド・ナルド、夕方

<放課後>

アラタ:…で、やっぱり、いつも通り今日もマック・ド・ナルドなんですけどね。 ショウ・ミワ:文句言うな。 アラタ:だってよぉ!!(ここから先、次のアラタのセリフまで、アドリブで文句を言い続けてください。少し小さな声で。) <ガク、電話をしている。> ガク:…はい。はい。わかりましたよ。明後日提出ですね。はい。わかりました。切りますよ。 ショウ:誰? ガク:先生。自由研究のデータ提出について。急かされてんの。 ミワ:まだ提出ちょっと先でしょ?なんでそんなに急いでんのよ。 ガク:さぁね。知らないよ。 ミワ:手伝ってもらえるのはうらやましいけどねぇ。…って、ん? アラタ:ってちょっと、聞いてますかぁ!?…どうした? ミワ:あんたにその顔されるのは腹立つわね。…あれ。 <外に3人の二級書記官が歩いている。> アラタ:…二級書記官? ミワ:やっぱりそうよね。 アラタ:それがどうかしたのか? ミワ:学校で何を習っているのよ。(咳払いの後、先生の口調を真似して)連合国司法裁判所とは?ショウ。 ショウ:…連合国の治安を司る公安機関のことだ。昔の言葉で言うなら、警察やPolice。犯罪者の検挙から刑の執行まで、一連の業務を執り行っている。…まぁ、権限を一極集中した、最低限の人数で最大限の人数を管理するための組織だ。 ミワ;よろしい。 ショウ:…お前、この前ここの範囲赤点だったよな。 ミワ:うるさいわね。過去にとらわれない女なのよ。 アラタ:で、それがどうしたんだよ。 ミワ:え?あ、いや、ちょっと数多いなぁと思って。 アラタ:ん?あー、確かに。 ショウ:あんまり目立つと、地区のストレス指数に影響しかねないからって、目立たないように少人数で行動するのが基本方針だ。…アラタ、お前まじで今まで何やってたんだ。 アラタ:う、うるせぇな…。 ミワ:何かあったのかな。ガク、どう思う。…ってあれ。ガクは? ショウ:さっき、また先生に電話かけにいったよ。 ミワ:あ、そう。んー、しかし…これは事件の匂いがするわねぇ。 ガク:やめといたほうがいいよ。アイパスが悪化する。 ミワ:あ、おかえり。また先生から? ガク:そ。 ミワ:ほんと、めんどくさそうね。ねー、見に行こうよ。 ガク:駄目だよ。テスト勉強まともにしてないでしょ。また赤点とるよ。 アラタ:そうだぞ。自慢じゃないけど、俺たちもう後がないだろ?これ以上赤点取ったら、留年の可能性だって出てくるんだぞ? ショウ:アラタ。なんでお前、そんなに冷静なんだ。お前もだぞ?

Scene6

〇代々木エリア

<Scene5から1時間前>

ジュカ:…はぁ。またか。ウチタチ、今月何件目だ。

ウチタチ:3件目です、ジュカ。

ジュカ:全く。こんな街のど真ん中に堂々と落書きしやがって。

ウチタチ:二級書記官に清掃依頼を送りました、ジュカ。

ジュカ:いちいち名前を呼ばんでよろしい。…はぁ。こんな仕事で街を回らにゃならんあたし等のことも考えて落書きしてほしいね。

ウチタチ:我々は業務を正当に行っています。

ジュカ:…はぁ。我々裁判官の補佐を主目的に置いたヒューマノイドとはいえ、もっと人間味があってもいいんじゃないの?

ウチタチ:申し訳ございません。

ジュカ:まぁ、地区の集団アイパスも変化は見られないし、このまま、ぱっぱと落書き消して帰―

百瀬:本当にそうでしょうか。

ジュカ:ひゃあ!?

百瀬:あぁ、失敬。裁判官の百瀬といいます。お見知りおきを。

ジュカ:も、百瀬…?私は聞いたことがないが…。

百瀬:あぁ、新任なんです。適正が最近ようやく出たもんで。

ジュカ:一応、パスを確認できますか。

百瀬:承知しました。…こちらです。

ジュカ:…確かに。(小声で)ウチタチ!背後に人がいるならちゃんと言え!

ウチタチ:異常はありません。

ジュカ:(舌打ち)融通の利かない。

ウチタチ:大変申し訳ございません。

ジュカ:…まぁ、良い。…で、なんなんですか。さっきの。

百瀬:?

ジュカ:いや、「本当にそうなのか?」って。

百瀬:あぁ。いやぁ、何というか。わかんないけど、灯台下暗し、傍目八目(おかめはちもく)、自分の睫毛(まつげ)は見えない。まぁ、なーんかちょっと引っかかるんだよなぁ。

ジュカ:…この落書きが?

百瀬:(独り言のように)この筆のノリや質感から、塗料も使われている筆も、市販されているごく一般的なもの。特に違法なものではなく、政府認可の商品。だが、この時代にこんな道端に落書きだぞ?アイパスに悪影響があるのは周知。そんなことをしてまで絵を描きたいと思っているやつが、誰の心にも強い影響を与えないのが売りの認可商品なんて使うかね。…いや、むしろ認可商品を使うことで、システムによる全体主義的なこの社会を皮肉っているのか…

ジュカ:お、おい。

百瀬:…うむ!わからん!というかそもそも。特にこんな落書きみたいな、抽象的かつ無規則なものはISiSの大の苦手とするところだ。これはシステムにもお手上げかもしれませんなぁ。

ジュカ:…はぁ。まず、大前提として、システムは完璧だ。我々には見えないような、絵の共通項や特徴を見出し、過去の様々なデータベースと照合できる。そのうえで、該当する、もしくは類似するような人物・作品は出てきていないし、地区の集合アイパスにも影響は出ていない。もし、反社会的な思想が前提にあるのならば、何かしらアイパスに変化が出てくるはずだ。つまり、これはただの悪戯。集団アイパスに影響が出ていないところを見ると、たぶん子供の悪戯だよ。

百瀬:…。

ジュカ:…納得した?。

百瀬:…感服しました。まぁ、そうですよね。それに間違いありません。納得しました。

ジュカ:まぁ、また何かあったときにはよろしく頼むよ。

百瀬:えぇ。えぇ。その時は是非、ご高説賜りたいと思います。

ウチタチ:清掃班と環境保護ドローンが到着しました。

ジュカ:そうか。わかった。私も向かう。

<ウチタチ、ジュカ、清掃に。>

百瀬:…なるほど。システムによる民主主義的社会主義、というやつか。ふむ。


Scene7

〇同エリア

ジュカ:ふぅ…。終わったか。

ウチタチ:はい。

ジュカ:よし、撤収だ。ドローンを回収して、帰還するぞ。

ウチタチ:承知しました。

ジュカ:(伸び)

ウチタチ:…ジュカ。

ジュカ:ん?

ウチタチ:微量ですが、新宿エリアにて、地区ストレス指数の悪化が確認されました。

ジュカ:ん?了解した。誰か現場に向かわせて確認させろ。

ウチタチ:承知しました。付近の職員を検索。2名の二級書記官がヒット。要請を送ります。

ジュカ:うむ。何か異常があれば即時連絡するように。

ウチタチ:承知しました。

ジュカ:さて、と!我々も戻るぞ。


Scene8

〇新宿エリア、マック・ド・ナルド

<アラタ勉強中>

<ミワ、先に終わり、お手洗いへ行っている>

アラタ:っはぁ~!終わったぁ…

ガク:うん。多分、その範囲まで出来てれば大丈夫だよ。

ショウ:赤点だけは取るなよ?うちの学校、一応政府公認の裁判官養成学校なんだから。留年でもしたら、とんでもないぞ。

<ミワ、お手洗いから帰ってくる>

ミワ:次、見てなさいよ。びっくりするわよ。

アラタ:お、お帰り。

ミワ:はいよー。

アラタ:…ちゃんと小便でたか?

ミワ:あん?

ガク:(笑う)

ミワ:おい、何ワロてんねん。

ガク:さて、帰ろうか。

ミワ:こら無視してんとちゃうぞ、こら。

<アラタとショウの携帯が鳴る>

ショウ:ん?

アラタ:お。

ガク:…?どうしたの?

ショウ:バイト先からの電話だな。

アラタ:悪い。ちょっと俺ら予定出来ちまったわ。

ミワ:え、あんたらバイトとかしてたの?初めて知ったんだけど。

ショウ:バイトなんて学校側にばれたら即退学だからな。

アラタ:特にお前には言えねぇよ、ミワ。

ミワ:あん?

ガク:じゃあ、今日はここで解散だね。

ショウ:悪いな。今度、認可降りてる洋菓子店つれてってやるからよ。

ミワ:ほんと、ショウくんって、そういうところ好きだよね

ショウ:な、なんか文句でもあるのか?個人の趣向をとやかく言われたくはない。

ガク:そんな時代感のそぐわないことを。

ショウ:ガクまで言うか…。

アラタ:(笑う)さて、早いとこ行こうぜ、ショウ。どやされちまうよ。

ショウ:ぐっ…。

ミワ:(笑う)じゃあ、お疲れ!また明日ね!

ガク:うん。また明日。

〇新宿第2エリア

アラタ、ショウ、端末を操作している。

アラタ:はぁ…。がっつり勉強した後だってのに仕事かよ。

ショウ:文句は仕事終わりの喫茶店で聞くと、毎回言っているだろう。

アラタ:へいへい。…って、なんでお前むくれてんだ?

ショウ:うるさい。

アラタ:しかし、養成学校入ってる間から、もう仕事とは。楽しい学生生活だこった。

ショウ:我慢しろ。適性がいち早く出て、いち早く現場に入れるんだ。こんなスタートダッシュなんて、そうそう切れるものじゃない。

アラタ:こっちは勉強時間削られてるんですけど。本末転倒だろうが。

ショウ:お前は特に案件が多いからな。さて、現場に到着。状況を開始する。高橋裁判官にも連絡を。

アラタ:(うなだれながら)了解。あー、こちら二級書記官・神代アラタ(かみしろ あらた)。現着したため、これより調査に入ります。…はい。…はい。は?いやわかってますって!全てはISiSの采配のままに、でしょ!

Scene9

アラタ:さて、と。んじゃ、周辺の状況を確認しに行きますか。

ショウ:よし。新宿エリアのストレス値の悪化が見られたのは、大モニターの裏の商店街らへんか。

アラタ:ちゃっちゃと確認して、ぱっぱと帰ろうぜ。

<入電>

アラタ:高橋裁判官からだ…まだ何かあんのかよ…。

ショウ:さっさと出ろ。

アラタ:へいへい。…よっ、と。はい。こちら神代二級書記官。

ジュカ:私だ。先程、新宿エリアのストレス値が先ほどよりも悪化した。念のため、スケーラーの使用を許可する。

ショウ:そんなに急激な悪化が?

ジュカ:そうだ。但し、君たち二級書記官に容認されているのはー

アラタ:被疑者のアイパスの測定と、スケーラーのテーザーモードによる現行犯への電気ショックのみ、でしょ?いくらまだ学生で、スケーラーあんま使ったことないっつっても、そのくらい覚えてますよ。

ジュカ:その通りだ。もし有事の際にはー

ショウ:即時連絡の後、裁判官並びに執行用ヒューマノイドを待て。

ジュカ:よろしい。対象の生命活動を強制終了させる執行行為の際にはアイパスの悪化が懸念される。そのため、特に障害がなければ、ヒューマノイドを用いる。それでは、情報の更新があり次第、即時連絡するように。以上だ。

アラタ:了解。

ショウ:了解。

<通信終了>

ショウ:さて、ではまず…スケーラー起動。

スケーラー:携帯型量刑診断システムScaler起動。ISiSサーバーとの接続を確立。ユーザー認証中。認証成功。眞南ショウ(まなみ しょう)二級書記官。適正ユーザーです。一部機能にに制限があります。

アラタ:んじゃ、行きますか。スケーラー起動。

スケーラー:携帯型診断量刑システムScaler起動。ISiSサーバーとの接続を確立。ユーザー認証中。認証成功。神代アラタ二級書記官。適正ユーザーです。一部機能に制限があります。

ショウ:では、向かうぞ。

アラタ:はいよ。



Scene10

〇新宿第2エリア

男2:はぁ…はぁ…。なんだってんだ、畜生…!!

<物音>

男2:うひゃあっ!!…な、なんだ、ネズミか…。

<男の息が荒くなっていく。>

<右手には切り傷。>

男2:くそぉ…!くそくそ、くそ!!俺は、被害者だ…!ふざけるな、くそ!畜生!

<男の息がさらに荒くなる。>

男2:ち、畜生め…!俺がアイツに切りつけられたんだ…。なのに、何で俺の数値ばかり悪化してやがるんだ…!あぁ、また悪くなってやがる…!!ふざけるな!何の適正も貰えない中でも、今まで真面目にやってきただろうが!

<アラタ、ショウ、男のいる部屋の扉の前にて待機。>

<中の様子を伺っている。>

アラタ:(ショウに向かって)シッ…!

ショウ:(小声で)大分乱れているな。…隙を見て、アイパスの計測を。

アラタ:了解♪

男2:俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くないふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな…

アラタ:ISiS、アイパス測定開始。

スケーラー:対象のアイパスを測定します。

男2:ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

スケーラー::対象の個体識別番号を確認。センターにて測定値を計算中。計算終了。ポイント“28”。執行対象です。モード“パラライズ・テーザー”。対象を無力化します。

男2:ふざけるなふざけるなふざけるな…

アラタ:執行。

男2:ふざ、けっ!?…あ、が…。

<男2倒れる。>

アラタ:よーし!任務完了っと!

ショウ:よし。では、高橋裁判官に任務完了の報告を…。…ん!?まて!

男2:ぶざげるなぁ”ぁあ”!!

<男2、ショウたちの方へ突進してくる>

アラタ:うおっ!? ショウ:ぐっ…!逃げられた…!追うぞ!高橋裁判官に即時連絡! アラタ:(舌打ち)了解…!くそ!大人しくしてりゃ、施設行きで済んだろうによ…! ショウ:まだ間に合う!廃棄対象になる前に取り押さえるぞ!


Scene11

〇新宿第2エリア

<男2、錯乱状態で逃げる。>

<アラタ、ショウ、それを後ろから追う>

男2:はぁ…はぁ…。くそ…!道連れだ…!こうなったら、俺一人だけで死んでやるものかぁぁぁあ!

ショウ:くっ…!極度の興奮状態だ。テーザーによる電気ショックの効き目が薄い…!

アラタ:こちら委員会番号1東12(ひと とう ひと ふた)!対象は新宿第二エリアを東へ逃走中!テーザーが効かない!

<男2、路地を抜けて大通りに出る。>

男2:はぁ…はぁ…は、ははは…。俺はこんなにも必死だってのに。なんで、こいつらはこんなに、のうのうと歩いてやがるんだ…。

ショウ:止まれ!今ならまだー

スケーラー:対象の脅威判定が更新されました。ポイント”19”。速やかに、対象を排除してください。

ショウ:そんな…。

<物陰からウチタチがスケーラーで男2を狙う。>

ウチタチ:執行します。

スケーラー:モード”エクスキューション・ディスカード”。対象の生命活動を強制的に停止します。周辺のストレス値悪化に充分配慮の上―

男2:くだらない人生だ…。…畜生。

スケーラー:執行してください。

ウチタチ:執行。


Scene12

〇新宿第2エリア

アラタ:…。

ショウ:…。

ジュカ:ご苦労だったな、二人とも。

ショウ:裁判官…。

アラタ:お疲れ様です。

ジュカ:二人とも、帰還後メンタルケアを受けるように。…初めてか?

ショウ:…はい。

アラタ:もしかしたら殺さずに済んだかもしれない相手を、みすみす廃棄対象にまでしちまうとは…。とんだ失態ですよ、全く。

ジュカ:公安業務には付き物だ。これで無能の烙印を押されるならば、君たちに適性を出したISiSに対して疑問を持つことになる。君たちはシステムが下した判断に従ったまでだ。

ショウ:しかし、我々が発見した際には、まだー

ジュカ:状況は流動的だ。環境や、心理状態によって容易に変異する。君たちは、その時の状況に合わせて、即時連絡等適切な対応を行った。

ショウ:ですが!我々が取り押さえられていれば、間に合っー

ジュカ:くどいぞ。…ISiSが君たちに適性を下したのは、そういった状況を乗り越える資質を見抜いてのことだ。

ショウ:くっ…。

アラタ:…。…あ、そういえば、さっきの奴何か変なこと言ってましたね。

ジュカ:変なこと?

アラタ:俺は被害者だー、だのなんだの。まぁ、よくあることっちゃよくあることなんだと思いますけど…。

ショウ:扉越しで、内容はよく聞き取れなかったが、たしかに…。

アラタ:多分音質あんま良くないですけど、一応端末の捜査ログの中に録音残ってます。

ジュカ:再生してくれ。

アラタ:はいよっ、と。んー、確か、この辺ですね。

男2:ち、畜生め…!俺が…に切りつけられた…。…に、何で俺の…ばかり悪化し……んだ…!あぁ、また悪…る…!!ふざけるな!何の適正も貰えー

<アラタ、再生を停止する>

ショウ:切りつけられた…。が、この男の数値ばかり悪くなった…?

アラタ:どういうことだ…?そもそも、なんで相手のアイパスが悪化してないとかわかるんだ?

ジュカ:恐らく、街頭スキャナーからの警告の有無だろう。街頭スキャナーには、アイパスの悪化を検知した際に、周辺への被害を最小限にするため、警告音声を出す機能がある。その警告対象が、先程の男だけだったということではないだろうか。

ショウ:付近の街頭スキャナーのログを確認してみます。…。確かに、スキャナーが警告を行った対象は、あの男だけみたいですね。アイパスの悪化を感知しているのが、あの男のみです。

ジュカ:考えられるとしたら、あの男の被害妄想による妄言、か。極度の興奮状態だったとの報告を受けているし…

ショウ:…。

アラタ…。

ジュカ:…どうした?

ショウ:いや、なんというか…。

アラタ:なんの根拠もないっすけど…。あいつ、ただの被害妄想とかでは無いんじゃないかと…。

ジュカ:それでは説明がつかない。現に、事件の発生まではアイパスが悪化している市民は確認されていない。

ショウ:…。

アラタ:…ここで、考えていても仕方ないっすね。一旦、事件は解決。俺たちは、明日の学校に向けて準備をする。あ、その前にメンタルケアか。

ショウ:…次は絶対、救って見せる。


Scene 13

ジュカ:…ふぅ。

ウチタチ:二級書記官2名、メンタルケアのため本部に帰還しました。現状での数値の悪化は軽度です。回復の見込みが高いものと思われます。

ジュカ:そうか。了解した。

ウチタチ:また、事件現場周辺にて集められた目撃証言のレポートが上がってきています。

ジュカ:証言者の声を声紋分析にかけて、虚偽発言の少ない順にソート。それと、現場状況を照らし合わせて、最も現場状況に合うものを上から順に教えて。

ウチタチ:承知致しました。証言1。新宿第二エリアの路地の奥から、いきなり男性の叫び声が聞こえたの。びっくりしたわ。

ジュカ:次。

ウチタチ:証言2。あー、あいつね。追われてたあの男、あの中華料理のー

ジュカ:次。

ウチタチ:証言3。いや、いきなり警告音が響いたから、びっくー

ジュカ:次。

<証言が読み上げられ続ける>

ウチタチ:証言16。男と中学生くらいの女の子が、路地で喋っているのを見ましー

ジュカ:次。

百瀬:ちょっち待った〜。

ジュカ:うひゃあ!?…お、おまえは…。

百瀬:先日はどーも。新米裁判官の百瀬でございます。

ジュカ:何でここにいる。

百瀬:な、なんでって。私も一端(いっぱし)の裁判官です。今回の事件の現場検証等で駆り出されてたんですよ。

ジュカ:はぁ…。それなら良いが、毎度毎度、いきなり声をかけてくるな。

百瀬:いやぁ、いつも怖い顔でずっとそこのヒューマノイドくんを睨んでいるものですから、おっかなくて。

ジュカ:はぁ?

百瀬:あ、いえいえ。なんでも。…あぁ、それより!さっきの証言、もう一度。

ジュカ:ん…?ウチタチ、証言16をもう一度。

ウチタチ:証言16。男と中学生くらいの女の子が、路地で喋っているのを見ましたよ。自分はそのまま通り過ぎたのですが、その直後に男性の悲鳴が聞こえて。びっくりして振り返った時、女の子はもう居ませんでした。多分、あの男性が女の子を誰かから逃したんじゃないですかね。男性は怪我をしているようでしたしー

百瀬:ほら。いやぁ、初めて男とは別の登場人物が現れたので気になっちゃいまして。

ジュカ:…現場との一致率は?

ウチタチ:街頭スキャナーの録画記録との照合の結果、「男」「女の子」「路地で」「男性の悲鳴」「男性は怪我を」の6点、さらに時間的な環境の変化の合致を確認。

ジュカ:その、男と接触していたと思われる「女の子」について、個人の特定は可能か?

ウチタチ:スキャンログからの個人の特定は失敗。再検索。…画像データから、着用している制服の特定に成功しました。新宿エリア内。政府認可裁判官養成校”聖護院司法学校(しょうごいん しほうがっこう)”のものです。

ジュカ:なに…?

百瀬:なるほど…。例えばですが、周辺エリアにて、事件発生から30分前までの間に街頭スキャナーに映った聖護院の女生徒で、該当する人物はいませんかね。

ジュカ:ウチタチ、どうだ?

ウチタチ:申し訳ございません。質問の意味を理解できませんでした。

ジュカ:事件発生エリアの周辺で、事件発生の30分以内に街頭スキャナーに映った聖護院の女子生徒が居ないかを検索だ。

ウチタチ:承知しました。検索中。…検索終了。新宿第二エリアの飲食店街にて、事件現場方向へ向かう該当人物を1名確認。

ジュカ:よし。その女子生徒に話を聞く。名前は?

ウチタチ:聖護院司法学校第3学年。安延ミワ。

Scene 14

アラタ:(あくび)

ガク:眠そうだね、アラタ。

アラタ:あ~、ガクか。昨日のバイトがちょっとキツかったんだよね。

ガク:あんま、やりすぎないようにね。

アラタ:あいよ。

ガク:そういえば、ミワは?

ショウ:今日は休みらしいよ。体調不良だって。

アラタ:え、ミワが…?あいつ、馬鹿じゃなかったのかよ…。

ガク:怒られるよ、アラタ。

アラタ:知ったことかよ。…てかショウ、なんでお前知ってんの?まだ先生からも、なんもお達しないのに。

ショウ:いや、朝姿が見えなかったから、心配になって連絡した。

アラタ:…(にやにやしながら)ふぅん。

ショウ:…なんだよ。

ガク:ふふ…。ショウは本当に、よく気が付くね。

アラタ:なぁ、付き合ってんの!?ポマエら!

ショウ:うるさいな!からかうなよ!

アラタ:お、おう。悪い。

ガク:ショウ、なんかあったの?機嫌が悪そうだね。

ショウ:…何でもないよ。

ガク:…?

アラタ:あー、ちょっと昨日のおバイトしんどかったからなぁ。

ガク:ふぅん。そっか。

ショウ:…くそっ。


Scene 15

〇聖護院司法学校

<学校玄関にて>

ジュカ:…安延ミワは休み?

先生:えぇ。今日の朝に連絡がありました。何でも、体調が優れないとのことで。

ジュカ:…そうか。わかった。

先生:何か彼女にご用件でも?

ジュカ:あ、いや、そういうわけでも無いんだがー

百瀬:(割り込む)いやぁ、彼女の最近の成績が気になりましてねぇ。なんでも、あまり芳しく無いとか。

先生:はぁ。

ジュカ:お、おい。

百瀬:裁判官養成学校の生徒から留年など出すわけには行きません。ましてや、もし成績の悪化でアイパスの悪化なんて起こった時にゃ、色々と運営体制を改善しなければいかんわけです、はい。なので、一旦話だけでも聞いときたいなぁ、と。

先生:…確かに、彼女の成績はあまり良くはありません。同級生からも釘を刺されているようです。しかし、預かっている生徒の成績やアイパスは、担任である私が責任を持って管理しております。御心配には及びませんよ。

百瀬:あぁ!もちろん、別に先生のことをとやかく言いたいんじゃあないんです。あ、お気を悪くされたなら申し訳ありません。

先生:いえ、まさか直々(じきじき)に委員会の方がいらっしゃるとは思ってませんでしたので。私も緊張しているようです。

百瀬:いやぁ、無理もないですな。ははは。

ジュカ:ともかく、体調不良ということならば、あまり無理に聞くことも出来んな。

百瀬:全くですね。あ、先生。お忙しい中、大変失礼しましたね。

先生:いえ、ご苦労様です。何かありましたら、いつでもご連絡ください。

ジュカ:助かる。…いくぞ、百瀬裁判官。

百瀬:りょーかいです。そんじゃ、先生よろしくどーぞ。

先生:はい。

<学校校門前>

ジュカ:体調不良で休み、か。2、3日開けて様子を見るしかないか。

百瀬:高橋裁判官殿。聞き込み対象の安延ミワの現在の住所はご存知ですか?   

ジュカ:それなら、学校の登録者情報から割り出せる。少し待て。

百瀬:合点承知ノ助。

ジュカ:…見たところ、池袋エリアだな。

百瀬:どれどれ…。ふむ。では、向かいましょう。

ジュカ:なっ!?

百瀬:?どうしたんです。早くいきましょう。

ジュカ:いや、だから、相手は体調不良だと。

百瀬:えぇ、ですからお見舞いですよ。お見舞い。女の子の一人暮らしで、風邪を引いたらさぞ心細いでしょうし。

ジュカ:?

百瀬:いや、ほら。登録者情報の、ここ。

ジュカ:あぁ、これか。親兄弟はおらず、配偶者もいない。

百瀬:その通り。ささ、善は急げ。それに、いきなり委員会のものが成績が悪い!とか何とか乗り込んできたら、それこそポイントが悪化しそうだ。…高橋裁判官、顔怖いし。

ジュカ:あ?

百瀬:いえいえ!さ、さぁ行きましょう。どうします?スーパーで何か栄養のあるものでも買っていきましょうか?


Scene 16

〇池袋エリア

<ミワ宅前>

ジュカ、インターホンを鳴らす

ジュカ:…出ないな。

百瀬:出ませんね。

ジュカ:さすがに家庭用の警備システムは入れているようだから、端末を使ったインターホンへの応対も出来ないとなると、相当悪いか。

百瀬:その割に、特に警備システムからのアイパス悪化の報告とかは入ってきてないみたいですがね。

ジュカ:とすると、精神的に影響するレベルではないか、もしくはー

ミワ(インターホン越し):はーい。えっと、どなた様?

ジュカ:ん?

百瀬:おっ。

ミワ(インターホン越し):どなた様ですか?

ジュカ:あ、あぁ。申し訳ありません。司法裁判所の者です。安延ミワさんのお宅でお間違いないでしょうか。

ミワ(インターホン越し):はい、安延ミワです。司法裁判所の方ですか。ご用件は?

ジュカ:(独白)良かった。思ったより酷くはなさそうだな。

百瀬:ちょっと、本日視察で学校に伺いまして。その時、安延さんが体調不良と伺ったもので。

ジュカ:(小声で)視察?何のことだ。

百瀬:ちょうど巡回の道筋に安延さんのお宅があると伺ったものですから。お節介かとは思ったのですが、ちょっとお見舞いを。

ミワ(インターホン越し):そうだったんですね。わざわざありがとうございます!

ジュカ:い、いえ。

百瀬:お身体は如何ですか。

ミワ(インターホン越し):だいぶ良くはなったのですが、まだ本調子じゃなくて…。

百瀬:いや、無理もありません。今日はゆっくり休んでください。あ、これお見舞い。ドアノブに掛けときますんで。

ミワ(インターホン越し):あ、わざわざありがとうございます!

百瀬:いえいえ、急に押しかけて申し訳ない。長居をして、体調悪くしたら本末転倒だ。ここいらで我々は失礼しますよ。

ミワ(インターホン越し):ありがとうございました。

百瀬、その場を去る。

ジュカ:なっ…、おい。あ、し、失礼致します。

<ジュカ、百瀬を追いかける。>

ジュカ:おい!まて!

百瀬:(ブツブツと小声で)だとすると、目的はなんだ。数日の間に何があった。いや、むしろ数日の間、何故何も起きなかった。そもそも、これが偶然の一致ではないのか。いや、しかし、準備・確認のための期間だと思えば辻褄は合うのか。そもそも、なぜここにー

ジュカ:おい!

百瀬:ひゃあ!?

ジュカ:変な叫び声をあげるな。

百瀬:いや、いきなり大きな声を出さんでくださいよ。びっくりしたなぁ、もう。

ジュカ:さっきから何度も呼んでる。…何をブツブツと言っていたんだ。

百瀬:気になることが出来ました。戻りましょう。

ジュカ:戻るって、どこに。

百瀬:聖護院司法学校へ。


Scene 17

  〇聖護院司法学校前の道

  <百瀬とジュカ、学校へ向かって歩いている>

ジュカ:もうすぐ、学校前だが、そろそろ聞かせろ。

百瀬:?何をです?

ジュカ:先ほど呟いていた「気になること」についてだ。あと、なんで学校に戻る必要がある。

百瀬:先に、学校へ向かう理由ですが、そこに安延ミワがいるかもしれないからです。

ジュカ:…?何を言っている?

百瀬:先ほどのインターホンの相手は、会話予測プログラムによる疑似人格です。

ジュカ:なっ…!

百瀬:いくら司法学校の生徒とはいえ、その親組織の裁判所の人間がいきなり来れば、もっと動転するでしょう。「えー!さ、裁判所の人ですか!?」的な。しかも、自分の成績が友達から指摘されるほど宜しくないのもわかっていれば尚更。しかし、あの音声。不自然なほどに落ち着いていました。いや、「裁判所の方ですね」て。おそらく、あれは予めサンプリングされた本人の音声をもとに、AIが文法を組み立てた疑似人格ですよ。いやぁ、しかし、良い声してたなぁ。

ジュカ:呑気なことを言っている場合か!それで、なんで学校なんだ。

百瀬:…勘です。

ジュカ:はぁ!?何を、旧時代的なことを…

百瀬:良いじゃありませんか。当てがないわけではないんです。そして、気になることは3点。1点目は、御承知の通り、街頭スキャナーに安延ミワが映っていたこと。もし昨日、男を刺したのが彼女だったとして、動機は?そもそも、この時代に、何故そんな突発的に、まるで忘れものでも思い出したかのように行動を起こしたのか。

ジュカ:現在、彼女と男との間に共通項がないかウチタチが調べているから、動機は出てくるかもしれないが、確かにタイミングは疑問だ。白昼堂々、しかも街頭スキャナーの間近で…

百瀬:はい。さら2点目。事件発生時、何故街頭スキャナーが反応したのは、被害を受けた男のポイント悪化に対してのみだったのか。

ジュカ:あの件に関しては、街頭スキャナーの故障であるとして、一旦あのエリアのスキャナーは回収され点検されているはずだ。

百瀬:男のポイントには正常に反応したわけですから、スキャナーが男好きとかで無いのなら、疑うべきはスキャナーではないのでは?

ジュカ:!!…まさか、ISiS(イシス)を欺くことが出来る人間がいるとでも言いたいの

百瀬:そういう人間がいるのか、あるいはそういう道具があるのかは定かではありませんが。

ジュカ:前にも言ったはずだ。ISiSは完璧だ。欺くことなど出来ない。

百瀬:あってはならない、の間違いでしょう。

ジュカ:・・・。

百瀬:我々公安機関含め、この社会はISiSを神のように信仰している。しかし、ISiSを作った「科学」そのものの最も根底にあるのは「疑うこと」だ。

ジュカ:まだ仮定の話にすぎないわ。

百瀬:その通りです。「科学」では、現在までの間に再現性が確認されている事実から論拠を得て、「仮説」を立て、それを一つずつ確認する道を辿る。3点目の疑問点が、正にその道すがらにある。それはー

アラタ:げぇ!?高橋裁ば…高橋さん!なんでこんな所に…。

百瀬:んが。

ジュカ:ん?神代(かみしろ)、と眞南(まなみ)か?…と?

ガク:あ、丑寅ガク(うしとら がく)と言います。アラタとショウのお知合いですか?

ジュカ:知り合いというか、上司だな。

ガク:上司?

アラタ:バ、バイト先のな!

ジュカ:バイト…。まぁ、いい。そんなことより、お前たちのほうこそどうした?学生は授業中じゃないのか。

ショウ:先生が体調不良で早退されまして。

アラタ:ただでさえ、クラスの中で体調不良者も出てるんでってことで、休校にー

百瀬:ちょ、ちょっと失礼。その体調不良者とは、安延ミワで、その先生とやらは、この写真の人物で間違いないかな?

アラタ:え、なんで知ってんの…って、アンタは!?

ショウ:…?あ、この前逃走中の男のアイパスを何故か把握していた…

百瀬:あぁ、先日はどーも。新人裁判官の百瀬です!(びしっ)

アラタ:裁判官…。だから、アイパスを把握していたのか。

ガク:…なんの話?

アラタ:あぁ!いやぁ、えっと…。

ショウ:…もう、無理だ、アラタ。

アラタ:はぁ…。そうだな。…ガク。俺たちは、今司法裁判所で、見習いとして働いてー

ガク:知ってるよ?

アラタ:はぁ!?なんで!?

ガク:い、いや、だって。何か事件が騒がれると、そのタイミングでどっか行ってるし。次の日疲れてるし。

アラタ:あ、あぁ…。

ショウ:ばれてたのか…。

ガク:二人とも隠し事下手だからね。

アラタ;うっ…。

百瀬:(咳払い)それで、そろそろ話の続きをしても?

ジュカ:っと、すまない。…その前に…。

  <ジュカ、ガクの方を見る>

ガク:あぁ、そうですね。秘匿事項もあるかと思いますので、僕はお暇しますね。

ジュカ:すまないね。

ガク:いえ、では。

  <ガク、帰路に就く>

ジュカ:…さて、本題に戻ろう。歩きながらで、良いかしら。

ショウ;その前に、何故百瀬さんは、ミワのこと知ってるんですか。それに、先生のことも。

百瀬:それは、彼女が新宿で発生した昨日の事件の犯人である可能性があるからだよ。そして、先生は黒幕。

ジュカ:なっ!

百瀬:先生に関しては、勘ですけどね。ただ、まぁ、タイミング良すぎ。

ショウ:そんな…!ありえません!昨日、事件が発生した時間帯に、僕たちはマック・ド・ナルドで勉強会をしていたんですよ!

百瀬:勉強会は常にひたすら何時間も席を立たず行っていたのかい?君たちの成績は知らないが、仮にそれが出来るようなら、彼女はあんな成績は取らないだろうね。少なくとも、街頭スキャナーは事件現場付近で彼女を捉えているし、君たちに外出の旨をつたえていないんだろう?

アラタ:席立つって言っても、トイレ行くくらいだし…

百瀬:何分くらいトイレ行ってたの、安延さん。

ショウ:そんなのいちいちわからないですよ…!

百瀬:ふむ…。まぁ、いい。彼女と繋がりそうなのはそこだけじゃない。先ほどの話の続きになるが、気になること3点目。落書き事件の発生場所と、状況だ。

ジュカ:…?

百瀬:落書き事件の発生場所はどこでしたっけ、高橋裁判官。

ジュカ:…旧豊島(としま)区目白エリア、大久保エリアだ。

百瀬:そのとき、エリアストレス値に変化は?

ジュカ:無かったと前回も言ったはずだ。子供の悪戯だと。

百瀬:さっき行ってきた安延さん宅は、どこにありましたっけ。

ジュカ:…池袋エリアだ。

百瀬:旧山手線沿線。帰り道に、やっちゃえそうとか、思いませんか。

ショウ:だからなんだっていうんだよ…。

百瀬:これが確認行為だったとしたら…?

ショウ:…?

百瀬:先ほど、高橋裁判官にはご説明しましたが、何故事件発生時に、男のポイント悪化だけ測定されて、犯人のポイント悪化は検知されなかったのか。男のポイントは測定できているから、機材の故障とは考えにくい。つまり、ISiSに認識されない体質の人間、もしくは方法が存在する可能性があります。

ジュカ:安延ミワは、そのどちらかだということか…?

ショウ:ふざけるな!そもそも、あなたの推論は結果ありきだ。そこに向かって、起きている事実を繋げているだけに過ぎない…!

百瀬:全く持ってその通りだ。論文で言うなら、今のは「Introduction(イントロダクション)」。今まで出てきている事実から仮定を述べたに過ぎない。次は「Materials and Methods(マテリアル アンド メソッド)」。つまり、材料と方法を思案する。そのために学校へ向かうのさ。「Result(リザルト)」と「Discussion(ディスカッション)」はその後だ。

Scene 18

   〇暗い部屋

    <ミワは中心の机に座っている。先生は部屋の隅に立っている。>

ミワ:ねぇ、先生。先生はこの社会って、どう思います。

先生:この社会ですか。

ミワ:うん。

先生:そうですね…。AIによるほぼ完全に管理された社会。とはいえ、ある程度の自由も許されていることから、例えば、ジョージ・オーウェルが小説「1984」で描いたような、抑圧的な監視社会とまではいかない。ただ、個の存在が尊重されているとまでも言えず、何方(どちら)かと言うと全体の持続を優先しており、民主主義的な社会主義社会、と言ったところでしょうか。

ミワ:…よくわかんないけど。

先生:(少し笑って)現在の社会を概説するとしたら、こんなところですよ。

ミワ:んー、なんていうか。先生にとって、この社会は楽しい?っていうか。

先生:ふむ…。難しい質問ですね。

ミワ:…テレビでよく言ってるじゃん。「ISiSの将来予測で、理想の自分を手に入れよう!」とか、「あなたには、あなたにしかなれない、あなたがいる!」とか。

先生:ISiSの掲げる標語ですね。

ミワ:私には追いかけられる理想も、誰でもない私になれるような環境も、なにもなかった。

先生:…。

ミワ:親は早くに死んで、施設に送られた。そこも、15歳を境に追い出された。仕方がないから、食いっぱぐれも無く、寮にも入れる司法学校に入学した。学費を稼ぐために、必死に働いた。なんとか卒業できるように、合間に勉強もして。…先生にはばれちゃったけどね、バイト。

先生:…。

ミワ:でも、どうしようもなく、お金が無くなった。そのとき、客の中に養ってくれるという奴が現れた。お金を受け取りに行って、そのまま、それを弱みに乱暴された。それでもお金のために、その関係を続けた。…そしたら、いきなり言われたんだよね。飽きたって。

先生:それは酷い。

ミワ:必死に逃げたよ。私が関係を続けてたってこと、そいつに漏らされちゃったけどね。

先生:それを知ったときは流石に驚きました。

ミワ:その情報をみた他の男から、連絡がきた。そいつは私に良くしてくれたよ。でも、裁判所にバレた。あいつのポイントが悪化したのよ。また必死に逃げた。男が言う通り、街頭スキャナーを避けて。でも、ダメだった。ようやく、落ち着けるかと思ったその男は、裁判所の男に殺された。

先生:…。

ミワ:この社会のどこが理想なのよ…!誰も助けてなんてくれなかった!唯一助けてくれた人も、ISiSが!社会が殺した!もちろん、もちろんね?世間一般で言ったら良いやつじゃなかったよ?喧嘩もよくしてた。この社会が続いていくのに、要らない人間ったのかもしれない…。でも、私にとっては、やっと手に入れた理想郷だったんだ…!

先生:…。

ミワ:何がISiSだ…!そんなものに、人の価値を勝手に決められてたまるか!!

先生:…。

ミワ:…。

先生:…。

ミワ:先生に声かけられたときはびっくりしたよ。私の境遇を、こんなにも理解して、こんなにも手を差し伸べてくれる人がいるなんて思ってなかったから。

先生:…。

ミワ:先生がくれたあの薬、ホントに凄いね。ポイント、ごまかせちゃうんだもん。落書きしても、最初の男に復讐しても。ポイントは全然問題なし。やっと、世界が私を認めてくれている。

先生:…。

ミワ:当たり前だよね。今まで、散々だったんだもん。私には、少しくらい、文句を言う権利がある。私をこんなにした社会に。

先生:…。

ミワ:私に、力を、勇気をくれてありがとう。先生。私は、先生に、どこまでもー

先生:ユートピアは、かつてそう信じられていたよりもはるかに、その実現可能性が高まっているように思える。

ミワ:え…?

先生:おそらく、知識階級や教養人たちが、なんとかしてユートピアを避け、それほど”完璧”ではなく、もっと自由な非ユートピア的社会に立ち戻ろうとして、その方策を夢想する世紀が、恐らく始まるだろう。

ミワ:…。

先生:知らないかい?ジョージ・オーウェルと並んで、非ユートピア小説の代表的な作者と称される、オルダス・ハクスリーの小説「Brave New World(ブレイブ ニュー ワールド)」に引用されている一文だ。元はニコライ・ベルジャーエフの言葉だよ。

ミワ:…知らない。

先生:ユートピアとディストピアについて語るなら、いつか読んでみると良い。この国では、思想に対して、強く規制していない所は評価できる。

ミワ:…先生?

先生:オーウェルは、政府に不都合な事実の抹消、テレスクリーンと呼ばれる機械による住民の徹底的な監視、言語の統制による反政府的行動の抑制を行う、超監視社会を描いた。また、ハクスリーは、胎児以前状態の人間に物理・化学的な干渉を直接与え、人為的に能力の差異を生み出すことで、非常に明確な階級社会を実現した世界を描いた。

ミワ:な、何を言っているのー

先生:彼らは、政治的に、または科学的に、全ての人々を完全に管理し得る方法の実現可能性に気づいてしまった。その方法によって実現されるかもしれない社会は、彼らの生きていた時代に考えられる諸問題を、丸ごと解決できる可能性を秘めている。故に、一見ユートピアに見えるかもしれなかった。しかし、その社会に生きる人々は、必ずしも幸福なのだろうか。

ミワ:…違う。私は幸せなんかじゃなかった。

先生:そうだね。だからこそ、彼らはそういった世界を描き、元マルキストの言葉を引用してまで、警鐘を鳴らしたかったのでは無いだろうか。

ミワ:…。

先生:だが、しかし、連合国ではかつて危惧されたような社会と酷似した世界が成立してしまった。そして、今、人々はISiSを神のように信仰している。夢想すべき、知識人・教養人たちまでも、だ。

ミワ:…。

先生:だからこそ、君には警鐘を鳴らして欲しかった。そのために、きっかけを与えた。手段を与えた。…しかし、君は本当にあと少しなのに、いつも惜しい。

ミワ:…え?

先生:…いや、なんでもありません。残念ですが、君はここまでです。せめて、最期に何か残したいことはありますか。

ミワ:…へ?どういうこと…?

先生:君の家にかけておいた思考型音声に反応がありました。どうやら、裁判所の人間が訪問しに行ったようですね。

ミワ:え、でもちゃんと返答の用意は言われて通りに組んでおいたよ…?

先生:先ほど私も拝聴しましたが、粗がありました。恐らく、裁判所の人間も、そこに気付いたのでしょう。つい先ほど、司法学校の敷地内に入ったことが確認されました。

ミワ:そ、そんな…!私は言われたとおりにやった!ちゃんとやったのに!!

先生:そうですか。ですが、過去に後悔をしても何も始まりません。大事なのは、これからです。

ミワ:…捨てるの?私を。他の奴らと同じように。この社会と、同じように。

先生:そうですね。

ミワ:…ざけるな。

先生:…?

ミワ:ふざけるなぁぁ!捨てられてたまるかぁぁぁあ!!まだ…!まだ、私は死ねないんだよぉぉぉぉぉぉお!!!

   <ミワ、暗い部屋のコンクリートの階段を一気に駆け上がり、外へ逃げ出す>

先生:…さて。

Scene 19

  〇聖護院司法学校敷地内

ショウ:ミワ…!ミワ、いるのか!

百瀬:待て待て少年。えーと、あ、そうだ!この、司法学校の設計図を見てくれ。おや!実際の構造との差異があるな!ほら、ここだ。恐らく、この辺りに、外装ホロに隠された空間がー

  <ミワ、息を荒げて走りながら現れる>

ミワ:はぁ…!はぁっ!

ショウ:ミワ!!

ミワ:え…!?

百瀬:え、うそ。

ミワ:…ショウ?

アラタ:ミワ…。

ミワ:アラタも…。なんで…。

百瀬:あー。(咳払い)どうも、司法裁判所の新人裁判官補佐、百瀬と申します。

ミワ:…え?…まさか…。

ショウ:…ミワ、君と、少しだけ話がしたいんだ。

ミワ:…嫌。

  <木の陰に、人影が現れる。誰も気づいてはいない>

ショウ:ほ、ほら。今日の朝も電話で話をしたじゃないか。体調がどうとか、昨日の宿題どうしよう、とか…。また、週末皆で勉強会をしようとか…。それと、同じ、いつものような話をしたいんだよ、ミワ。

ミワ:…やめて。

アラタ:なんだ、元気そうじゃない。何やってんだよ。俺たち、唯でさえ追試の危機なんだぞ…?サボってる場合じゃ、ねぇだろ…。

ミワ:やめてよ。

アラタ:全くよ…。今日は、午後もう休校だぞ?体調良くなったから、学校来てみたんだろ…?な?だ、だったら、もう帰って…そうだ!適当に遊びに行こうや。

ミワ:やめてって、言ってんでしょ!!

ショウ:やめない!やめないよ!!やめたら、認めることになるじゃないか…!俺は、そんなことは認めない…。違う…。絶対に違うんだ!

ミワ:…まさか、あんた達のバイトが、そんなことだったなんてね。

アラタ:…うちは、司法学校だぞ。

ミワ:ふっ…。あんた、あんな点数取っていて、本気で裁判所職員目指してたの…。学歴だけ欲しいのかと思ってたわ。

アラタ:…。

ミワ:やっぱり、この社会は理想郷なんかじゃない。ショウや、アラタまでも私の邪魔をするんだ。

ショウ:ミワ…。

ミワ:もう、いい。

アラタ:…。

ミワ:壊してやるわよ。こんな世界。

  <ミワ、裁ちバサミを取り出す>

ジュカ:…!お前たち、離れろ!スケーラー、起動!数値測定!

スケーラー:対象の個体識別番号を確認。センターにて測定値を計算中。計算終了。ポイント“150”。 執行対象ではありません。トリガーをロックします。

ジュカ:…例の“何らかの方法”ってやつか。

ショウ:ミワ…。

ミワ:無駄。私のポイントは測れない。

アラタ:…くそ。おい、百瀬のおっさん!何か心当たりとか、あるんじゃねぇのかよ…ってあれ?おっさんは…?

ジュカ:なっ!?こんな時にどこに行きやがった、あいつ…!

ショウ:ミワ、もう、やめてくれよ…。

ミワ:…みんな、壊れちゃえ。

ジュカ:お前たち!さがれ!

  <ミワ、裁ちばさみを構えて向かってくる>

ミワ:ばいばい。

Scene 20

  〇先ほどまでミワがいた暗い部屋。

先生:…そろそろかな。

  <百瀬、階段を下りて、部屋に入る>

百瀬:…やはり、居たか。

先生:朝ぶりですかね。お久しぶりです。

百瀬:何故だ?

先生:何がです?

百瀬:来るってわかってたんでしょ。

先生:そうですね。

百瀬:今のお前がホログラムにせよ、ここに残しとく道理はない。

先生:そうですね。

百瀬:何で敢えて待ってたんだ。俺のことを。

先生:…。

百瀬:答えろ。

先生:…ふふっ。

百瀬:…?

先生:敢えて待っていただなんて、ご自身のことを、過大評価しすぎですよ。

百瀬:はっ!自分で自分のこと褒めてやることの、何が悪いんだい?

先生:そうですか。

百瀬:…。

先生:私がここに居る理由について。単に興味がありましてね。

百瀬:…?

先生:個人単位の未来・将来だけでなく、例えば、大企業の経営方針、自治体の政策、果ては連合国議員の選出まで、このISiSというシステムに依存している現体制において、このAIが下す判断は、さながら神託のようにすら扱われています。しかし、誰かはわからないが、街頭スキャナーの合間を縫った逃走経路を絞り出し、真っ先にシステムの完全性を疑いながら、着実に迫ってくる影を感じた。

百瀬:…。

先生:それに、どうやら私のことも、思い当たる節があるようです。だからこそ、上にいる安延ミワを無視してまで、ここにやってきた。あなたの方こそ、私に興味があったのでは?

百瀬:それこそ、自意識過剰だよ。あの子については、上の方々の方が上手く対処できそうだ。ならば、私は、別の問題を解決した方が効率が良い。

先生:そうですか。

百瀬:…一つ聞かせろ。お前はー

先生:そろそろ時間ですね。この辺りでお暇しますよ。

百瀬:なっ…。

先生:私の居場所なら、現在君が、このホログラムをもとにかけている逆探知を当てにすれば良いですよ。

百瀬:…はっ。全部お見通しってわけか。

先生:(少し笑って)さすがに、微力ではありますが、対策はしていますよ。

百瀬:その分じゃ、辿ったところで無駄か。何かしら罠でも貼ってあるか、そもそも辿り着けないか。

先生:心配せずとも、またすぐにお会いすることになりますよ。

百瀬:お前は必ず、俺が…。

先生:ふっ…。では、また。

  <先生、ホログラム切断>

百瀬:…お前は、俺が殺してやらなきゃいけないんだ。


Scene 21

,

  <ミワ、ジュカに抑えられている。>

ミワ:離せ!触るな!離して!

ジュカ:くっ…!大人しくしてろ…!

ミワ:離してよ!私がしている行動は、あんた達が大好きなISiSに容認されているのよ!ポイントを確認してみなさいよ!ポイントが下がっているのは、あんた達の方でしょ!

ショウ:やめてくれ…。ミワ…。

アラタ:くっ…。

ミワ:殺す!殺してやる!何もかも全部!私に嫌なことするやつも!邪魔するやつも!裏切るやつも!全部!!

ショウ:ミワ!暴れるな!落ち着くんだ!

ショウ:…え?

スケーラー:対象の測定値が更新されました。ポイント“14”。

ショウ:そんな…。

スケーラー:速やかに対象をー

ショウ:待ってくれ!!なんで、いきなりー

スケーラー:排除してください。

ショウ:そんな…。

ジュカ:…神代二級書記官。

アラタ:え、は、はい。

ジュカ:代わりに抑えろ。

アラタ:え…。

ジュカ:…執行する。

ミワ:やってみなさいよ!あんた達には何もできない!!なにもできないのよ!

ジュカ:神代二級書記官。

アラタ:…わかりました。

ショウ:アラタ!?

  <アラタ、ジュカに変わり、ミワを押さえつける>

アラタ:仕方、ないだろ…。ISiSが、この世界の最大多数の最大幸福のために、ミワは要らないと、そう判断したんだ。

ミワ:え…?

ショウ:待てよ!そ、そんなことしたら、ミワに声かけてきたやつの正体も、システムを欺いた方法もわからないままだ!

ジュカ:そこも含めて、排除をすることを判断したんだ!…聞き分けろ。

ショウ:待て!やめろ!

  <ジュカ、ミワにスケーラーを向ける>

スケーラー:モード”エクスキューション・ディスカード”。対象の生命活動を強制的に停止 します。

ショウ:またか…また何もできないのか…!

スケーラー:周辺のストレス値悪化に充分配慮の上、執行してください。

ショウ:救って見せるんじゃなかったのかよ!

ジュカ:執行!

ショウ:やめろぉぉぉお!

ミワ:…そっか。やっと…。

  <ジュカ、執行する。ミワ、一瞬で意識を失い、倒れる>

ショウ:うあぁぁぁぁあ!!!

Scene 22

ジュカ:…眞南二級書記官。勤務時間外であったとはいえ、先ほどの妨害行為は、職務倫理規定により、罰せられる。

ショウ:まただ。まただよ。

ジュカ:正式な通達は、後程本部より伝達される。

ショウ:俺は、好きだったはずの女の子すらも、殺してしまう…。

ジュカ:今、お前がすべきなのは、終わったことをいつまでも後悔することなのか!

ショウ:…毎回毎回、うるさいな。

ジュカ:お前には力がない!知恵もない!私にもだ。能力が相手より劣っていたから、後手に回って、安延ミワの行動を防げなかった。悔やむのならば、次を起こさぬように学べ。そうして、やっと、次の犯罪を防げるかもしれないんだ。

ショウ:その「犯罪」を未然に防ぐために、システムがあったんじゃないのかよ…。

ジュカ:…メンタルケアを受けたのち、帰宅しろ。

ショウ:…わかってますよ。また、繰り返してるんですから。

Scene 23

  〇ガク、自室

<自由研究と書かれたノートに、書き込みながら呟いている>

ガク:(独白)こうして、僕たちの同級生、安延ミワが起こした一連の事件は幕を閉じた。司法学校の生徒から廃棄対象が出てしまった事実は、秘匿事項として、公式な発表は伏せられ、安延ミワ本人は、家の事情による転校として処理された。僕が、この事件にて最も興味を惹かれているのは、彼女の心情と、彼女の死の間際、最も深層心理の深い部分に触れた裁判所職員たちの心理だ。幸い、メンタルケアにより、危険域と判定されることはなかったようだが、暗闇を覗くとき、暗闇もまた、こちらを覗いているという。今はまだ、箱の中に猫が入(い)れられた段階だ。二律背反の状態が、同時に存在し得る。次に箱を開けるときが、今から非常に楽しみである。

  <ガク、一度筆を止める。少し、考えたのち、納得したように、再度筆を動かす。>

ガク:(独白)Case.1(ケース ワン)。…了。

閲覧数:89回0件のコメント

最新記事

すべて表示

ISiS /Case.1_後編_高田えぬひろ

ISiS /Case.1-後編- 作者:高田えぬひろ 所要時間…約45分 百瀬護煕(ももせ もりひろ)/不問: 先生/不問: 神代アラタ(かみしろ あらた)/二級書記官 1♂: 眞南ショウ(まなみ しょう)/二級書記官 2♂: 安延ミワ(やすのべ みわ)/スケーラー♀: 丑寅ガク(うしとら がく)/♂: 高橋ジュカ(たかはし じゅか)♀: 〇聖護院司法学校 アラタ:(あくび) ガク:眠そうだね、ア

ISiS/Prologue_不問ver.

ISIS/prologue 作者:高田えぬひろ 所要時間…約15分 不問1: 女性1: ※語尾改変等は自由に。原作の著作権は高田えぬひろに帰属しますが、改変・創作等自由に行って頂いて構いません。原作以外のものに関しては一切責任を負いません。 不問1:君は“神”の存在を信じていますか。 女性1:なに、藪から棒に。 不問1:少しお喋りをしたくなったんですよ。 女性1:…“神”とは概念。「存在するのか否

place of heart_わだ

作者:わだ 時間:90分 ミキ テレビ局アナウンサー エリ ミキの親友、病気で入院中 コウ 記者 シゲ 刑事 タカ 爆破計画リーダー、カナの弟 カナ タカの姉 アナとメグはエリと兼ね役 民Aはコウと兼ね役 民Bはシゲと兼ね役 ミキ♀: エリ/アナ/メグ♀: コウ/民A♂: シゲ/民B♂: タカ♂: カナ♀: 《病室。エリ、ベッドに横たわっている。ミキ、隣に座る》 ミキ 調子はどう? エリ 少しよく

bottom of page