ISiS /Case.1_後編_高田えぬひろ
- 高田
- 2020年7月5日
- 読了時間: 22分
ISiS /Case.1-後編-
作者:高田えぬひろ
所要時間…約45分
百瀬護煕(ももせ もりひろ)/不問:
先生/不問:
神代アラタ(かみしろ あらた)/二級書記官 1♂:
眞南ショウ(まなみ しょう)/二級書記官 2♂:
安延ミワ(やすのべ みわ)/スケーラー♀:
丑寅ガク(うしとら がく)/♂:
高橋ジュカ(たかはし じゅか)♀:
〇聖護院司法学校
アラタ:(あくび)
ガク:眠そうだね、アラタ。
アラタ:あ~、ガクか。昨日のバイトがちょっとキツかったんだよね。
ガク:あんま、やりすぎないようにね。
アラタ:あいよ。
ガク:そういえば、ミワは?
ショウ:今日は休みらしいよ。体調不良だって。
アラタ:え、ミワが…?あいつ、馬鹿じゃなかったのかよ…。
ガク:怒られるよ、アラタ。
アラタ:知ったことかよ。…てかショウ、なんでお前知ってんの?まだ先生からも、なんもお達しないのに。
ショウ:いや、朝姿が見えなかったから、心配になって連絡した。
アラタ:…(にやにやしながら)ふぅん。
ショウ:…なんだよ。
ガク:ふふ…。ショウは本当に、よく気が付くね。
アラタ:なぁ、付き合ってんの!?ポマエら!
ショウ:うるさいな!からかうなよ!
アラタ:お、おう。悪い。
ガク:ショウ、なんかあったの?機嫌が悪そうだね。
ショウ:…何でもないよ。
ガク:…?
アラタ:あー、ちょっと昨日のおバイトしんどかったからなぁ。
ガク:ふぅん。そっか。
ショウ:…くそっ。
Scene 15
〇聖護院司法学校
<学校玄関にて>
ジュカ:…安延ミワは休み?
先生:えぇ。今日の朝に連絡がありました。何でも、体調が優れないとのことで。
ジュカ:…そうか。わかった。
先生:何か彼女にご用件でも?
ジュカ:あ、いや、そういうわけでも無いんだがー
百瀬:(割り込む)いやぁ、彼女の最近の成績が気になりましてねぇ。なんでも、あまり芳しく無いとか。
先生:はぁ。
ジュカ:お、おい。
百瀬:裁判官養成学校の生徒から留年など出すわけには行きません。ましてや、もし成績の悪化でアイパスの悪化なんて起こった時にゃ、色々と運営体制を改善しなければいかんわけです、はい。なので、一旦話だけでも聞いときたいなぁ、と。
先生:…確かに、彼女の成績はあまり良くはありません。同級生からも釘を刺されているようです。しかし、預かっている生徒の成績やアイパスは、担任である私が責任を持って管理しております。御心配には及びませんよ。
百瀬:あぁ!もちろん、別に先生のことをとやかく言いたいんじゃあないんです。あ、お気を悪くされたなら申し訳ありません。
先生:いえ、まさか直々(じきじき)に委員会の方がいらっしゃるとは思ってませんでしたので。私も緊張しているようです。
百瀬:いやぁ、無理もないですな。ははは。
ジュカ:ともかく、体調不良ということならば、あまり無理に聞くことも出来んな。
百瀬:全くですね。あ、先生。お忙しい中、大変失礼しましたね。
先生:いえ、ご苦労様です。何かありましたら、いつでもご連絡ください。
ジュカ:助かる。…いくぞ、百瀬裁判官。
百瀬:りょーかいです。そんじゃ、先生よろしくどーぞ。
先生:はい。
<学校校門前>
ジュカ:体調不良で休み、か。2、3日開けて様子を見るしかないか。
百瀬:高橋裁判官殿。聞き込み対象の安延ミワの現在の住所はご存知ですか?
ジュカ:それなら、学校の登録者情報から割り出せる。少し待て。
百瀬:合点承知ノ助。
ジュカ:…見たところ、池袋エリアだな。
百瀬:どれどれ…。ふむ。では、向かいましょう。
ジュカ:なっ!?
百瀬:?どうしたんです。早くいきましょう。
ジュカ:いや、だから、相手は体調不良だと。
百瀬:えぇ、ですからお見舞いですよ。お見舞い。女の子の一人暮らしで、風邪を引いたらさぞ心細いでしょうし。
ジュカ:?
百瀬:いや、ほら。登録者情報の、ここ。
ジュカ:あぁ、これか。親兄弟はおらず、配偶者もいない。
百瀬:その通り。ささ、善は急げ。それに、いきなり委員会のものが成績が悪い!とか何とか乗り込んできたら、それこそポイントが悪化しそうだ。…高橋裁判官、顔怖いし。
ジュカ:あ?
百瀬:いえいえ!さ、さぁ行きましょう。どうします?スーパーで何か栄養のあるものでも買っていきましょうか?
Scene 16
〇池袋エリア
<ミワ宅前>
ジュカ、インターホンを鳴らす
ジュカ:…出ないな。
百瀬:出ませんね。
ジュカ:さすがに家庭用の警備システムは入れているようだから、端末を使ったインターホンへの応対も出来ないとなると、相当悪いか。
百瀬:その割に、特に警備システムからのアイパス悪化の報告とかは入ってきてないみたいですがね。
ジュカ:とすると、精神的に影響するレベルではないか、もしくはー
ミワ(インターホン越し):はーい。えっと、どなた様?
ジュカ:ん?
百瀬:おっ。
ミワ(インターホン越し):どなた様ですか?
ジュカ:あ、あぁ。申し訳ありません。司法裁判所の者です。安延ミワさんのお宅でお間違いないでしょうか。
ミワ(インターホン越し):はい、安延ミワです。司法裁判所の方ですか。ご用件は?
ジュカ:(独白)良かった。思ったより酷くはなさそうだな。
百瀬:ちょっと、本日視察で学校に伺いまして。その時、安延さんが体調不良と伺ったもので。
ジュカ:(小声で)視察?何のことだ。
百瀬:ちょうど巡回の道筋に安延さんのお宅があると伺ったものですから。お節介かとは思ったのですが、ちょっとお見舞いを。
ミワ(インターホン越し):そうだったんですね。わざわざありがとうございます!
ジュカ:い、いえ。
百瀬:お身体は如何ですか。
ミワ(インターホン越し):だいぶ良くはなったのですが、まだ本調子じゃなくて…。
百瀬:いや、無理もありません。今日はゆっくり休んでください。あ、これお見舞い。ドアノブに掛けときますんで。
ミワ(インターホン越し):あ、わざわざありがとうございます!
百瀬:いえいえ、急に押しかけて申し訳ない。長居をして、体調悪くしたら本末転倒だ。ここいらで我々は失礼しますよ。
ミワ(インターホン越し):ありがとうございました。
百瀬、その場を去る。
ジュカ:なっ…、おい。あ、し、失礼致します。
<ジュカ、百瀬を追いかける。>
ジュカ:おい!まて!
百瀬:(ブツブツと小声で)だとすると、目的はなんだ。数日の間に何があった。いや、むしろ数日の間、何故何も起きなかった。そもそも、これが偶然の一致ではないのか。いや、しかし、準備・確認のための期間だと思えば辻褄は合うのか。そもそも、なぜここにー
ジュカ:おい!
百瀬:ひゃあ!?
ジュカ:変な叫び声をあげるな。
百瀬:いや、いきなり大きな声を出さんでくださいよ。びっくりしたなぁ、もう。
ジュカ:さっきから何度も呼んでる。…何をブツブツと言っていたんだ。
百瀬:気になることが出来ました。戻りましょう。
ジュカ:戻るって、どこに。
百瀬:聖護院司法学校へ。
Scene 17
〇聖護院司法学校前の道
<百瀬とジュカ、学校へ向かって歩いている>
ジュカ:もうすぐ、学校前だが、そろそろ聞かせろ。
百瀬:?何をです?
ジュカ:先ほど呟いていた「気になること」についてだ。あと、なんで学校に戻る必要がある。
百瀬:先に、学校へ向かう理由ですが、そこに安延ミワがいるかもしれないからです。
ジュカ:…?何を言っている?
百瀬:先ほどのインターホンの相手は、会話予測プログラムによる疑似人格です。
ジュカ:なっ…!
百瀬:いくら司法学校の生徒とはいえ、その親組織の裁判所の人間がいきなり来れば、もっと動転するでしょう。「えー!さ、裁判所の人ですか!?」的な。しかも、自分の成績が友達から指摘されるほど宜しくないのもわかっていれば尚更。しかし、あの音声。不自然なほどに落ち着いていました。いや、「裁判所の方ですね」て。おそらく、あれは予めサンプリングされた本人の音声をもとに、AIが文法を組み立てた疑似人格ですよ。いやぁ、しかし、良い声してたなぁ。
ジュカ:呑気なことを言っている場合か!それで、なんで学校なんだ。
百瀬:…勘です。
ジュカ:はぁ!?何を、旧時代的なことを…
百瀬:良いじゃありませんか。当てがないわけではないんです。そして、気になることは3点。1点目は、御承知の通り、街頭スキャナーに安延ミワが映っていたこと。もし昨日、男を刺したのが彼女だったとして、動機は?そもそも、この時代に、何故そんな突発的に、まるで忘れものでも思い出したかのように行動を起こしたのか。
ジュカ:現在、彼女と男との間に共通項がないかウチタチが調べているから、動機は出てくるかもしれないが、確かにタイミングは疑問だ。白昼堂々、しかも街頭スキャナーの間近で…
百瀬:はい。さら2点目。事件発生時、何故街頭スキャナーが反応したのは、被害を受けた男のポイント悪化に対してのみだったのか。
ジュカ:あの件に関しては、街頭スキャナーの故障であるとして、一旦あのエリアのスキャナーは回収され点検されているはずだ。
百瀬:男のポイントには正常に反応したわけですから、スキャナーが男好きとかで無いのなら、疑うべきはスキャナーではないのでは?
ジュカ:!!…まさか、ISiS(イシス)を欺くことが出来る人間がいるとでも言いたいの
百瀬:そういう人間がいるのか、あるいはそういう道具があるのかは定かではありませんが。
ジュカ:前にも言ったはずだ。ISiSは完璧だ。欺くことなど出来ない。
百瀬:あってはならない、の間違いでしょう。
ジュカ:・・・。
百瀬:我々公安機関含め、この社会はISiSを神のように信仰している。しかし、ISiSを作った「科学」そのものの最も根底にあるのは「疑うこと」だ。
ジュカ:まだ仮定の話にすぎないわ。
百瀬:その通りです。「科学」では、現在までの間に再現性が確認されている事実から論拠を得て、「仮説」を立て、それを一つずつ確認する道を辿る。3点目の疑問点が、正にその道すがらにある。それはー
アラタ:げぇ!?高橋裁ば…高橋さん!なんでこんな所に…。
百瀬:んが。
ジュカ:ん?神代(かみしろ)、と眞南(まなみ)か?…と?
ガク:あ、丑寅ガク(うしとら がく)と言います。アラタとショウのお知合いですか?
ジュカ:知り合いというか、上司だな。
ガク:上司?
アラタ:バ、バイト先のな!
ジュカ:バイト…。まぁ、いい。そんなことより、お前たちのほうこそどうした?学生は授業中じゃないのか。
ショウ:先生が体調不良で早退されまして。
アラタ:ただでさえ、クラスの中で体調不良者も出てるんでってことで、休校にー
百瀬:ちょ、ちょっと失礼。その体調不良者とは、安延ミワで、その先生とやらは、この写真の人物で間違いないかな?
アラタ:え、なんで知ってんの…って、アンタは!?
ショウ:…?あ、この前逃走中の男のアイパスを何故か把握していた…
百瀬:あぁ、先日はどーも。新人裁判官の百瀬です!(びしっ)
アラタ:裁判官…。だから、アイパスを把握していたのか。
ガク:…なんの話?
アラタ:あぁ!いやぁ、えっと…。
ショウ:…もう、無理だ、アラタ。
アラタ:はぁ…。そうだな。…ガク。俺たちは、今司法裁判所で、見習いとして働いてー
ガク:知ってるよ?
アラタ:はぁ!?なんで!?
ガク:い、いや、だって。何か事件が騒がれると、そのタイミングでどっか行ってるし。次の日疲れてるし。
アラタ:あ、あぁ…。
ショウ:ばれてたのか…。
ガク:二人とも隠し事下手だからね。
アラタ;うっ…。
百瀬:(咳払い)それで、そろそろ話の続きをしても?
ジュカ:っと、すまない。…その前に…。
<ジュカ、ガクの方を見る>
ガク:あぁ、そうですね。秘匿事項もあるかと思いますので、僕はお暇しますね。
ジュカ:すまないね。
ガク:いえ、では。
<ガク、帰路に就く>
ジュカ:…さて、本題に戻ろう。歩きながらで、良いかしら。
ショウ;その前に、何故百瀬さんは、ミワのこと知ってるんですか。それに、先生のことも。
百瀬:それは、彼女が新宿で発生した昨日の事件の犯人である可能性があるからだよ。そして、先生は黒幕。
ジュカ:なっ!
百瀬:先生に関しては、勘ですけどね。ただ、まぁ、タイミング良すぎ。
ショウ:そんな…!ありえません!昨日、事件が発生した時間帯に、僕たちはマック・ド・ナルドで勉強会をしていたんですよ!
百瀬:勉強会は常にひたすら何時間も席を立たず行っていたのかい?君たちの成績は知らないが、仮にそれが出来るようなら、彼女はあんな成績は取らないだろうね。少なくとも、街頭スキャナーは事件現場付近で彼女を捉えているし、君たちに外出の旨をつたえていないんだろう?
アラタ:席立つって言っても、トイレ行くくらいだし…
百瀬:何分くらいトイレ行ってたの、安延さん。
ショウ:そんなのいちいちわからないですよ…!
百瀬:ふむ…。まぁ、いい。彼女と繋がりそうなのはそこだけじゃない。先ほどの話の続きになるが、気になること3点目。落書き事件の発生場所と、状況だ。
ジュカ:…?
百瀬:落書き事件の発生場所はどこでしたっけ、高橋裁判官。
ジュカ:…旧豊島(としま)区目白エリア、大久保エリアだ。
百瀬:そのとき、エリアストレス値に変化は?
ジュカ:無かったと前回も言ったはずだ。子供の悪戯だと。
百瀬:さっき行ってきた安延さん宅は、どこにありましたっけ。
ジュカ:…池袋エリアだ。
百瀬:旧山手線沿線。帰り道に、やっちゃえそうとか、思いませんか。
ショウ:だからなんだっていうんだよ…。
百瀬:これが確認行為だったとしたら…?
ショウ:…?
百瀬:先ほど、高橋裁判官にはご説明しましたが、何故事件発生時に、男のポイント悪化だけ測定されて、犯人のポイント悪化は検知されなかったのか。男のポイントは測定できているから、機材の故障とは考えにくい。つまり、ISiSに認識されない体質の人間、もしくは方法が存在する可能性があります。
ジュカ:安延ミワは、そのどちらかだということか…?
百瀬:もちろん、全部仮定の話ですが。ただ、そう仮定すると、恐らく後者でしょうね。何らかのルートで手にした何らかの方法により、落書きしてもエリアストレスに影響を与えないことを確かめていた。それならば、もしその方法に効果がなくてもアイパスへの影響を軽減できるように、落書きの画材として政府公認のものを使用したり、少しずつ場所を変えて再現性を確認していたのにも納得がいく。昨日の事件も、突発ではなく、準備されていた。…ふむ。そう考えると、考え方の方向性としては、実に科学者向きかもしれませんね、彼女!
ショウ:ふざけるな!そもそも、あなたの推論は結果ありきだ。そこに向かって、起きている事実を繋げているだけに過ぎない…!
百瀬:全く持ってその通りだ。論文で言うなら、今のは「Introduction(イントロダクション)」。今まで出てきている事実から仮定を述べたに過ぎない。次は「Materials and Methods(マテリアル アンド メソッド)」。つまり、材料と方法を思案する。そのために学校へ向かうのさ。「Result(リザルト)」と「Discussion(ディスカッション)」はその後だ。
Scene 18
〇暗い部屋
<ミワは中心の机に座っている。先生は部屋の隅に立っている。>
ミワ:ねぇ、先生。先生はこの社会って、どう思います。
先生:この社会ですか。
ミワ:うん。
先生:そうですね…。AIによるほぼ完全に管理された社会。とはいえ、ある程度の自由も許されていることから、例えば、ジョージ・オーウェルが小説「1984」で描いたような、抑圧的な監視社会とまではいかない。ただ、個の存在が尊重されているとまでも言えず、何方(どちら)かと言うと全体の持続を優先しており、民主主義的な社会主義社会、と言ったところでしょうか。
ミワ:…よくわかんないけど。
先生:(少し笑って)現在の社会を概説するとしたら、こんなところですよ。
ミワ:んー、なんていうか。先生にとって、この社会は楽しい?っていうか。
先生:ふむ…。難しい質問ですね。
ミワ:…テレビでよく言ってるじゃん。「ISiSの将来予測で、理想の自分を手に入れよう!」とか、「あなたには、あなたにしかなれない、あなたがいる!」とか。
先生:ISiSの掲げる標語ですね。
ミワ:私には追いかけられる理想も、誰でもない私になれるような環境も、なにもなかった。
先生:…。
ミワ:親は早くに死んで、施設に送られた。そこも、15歳を境に追い出された。仕方がないから、食いっぱぐれも無く、寮にも入れる司法学校に入学した。学費を稼ぐために、必死に働いた。なんとか卒業できるように、合間に勉強もして。…先生にはばれちゃったけどね、バイト。
先生:…。
ミワ:でも、どうしようもなく、お金が無くなった。そのとき、客の中に養ってくれるという奴が現れた。お金を受け取りに行って、そのまま、それを弱みに乱暴された。それでもお金のために、その関係を続けた。…そしたら、いきなり言われたんだよね。飽きたって。
先生:それは酷い。
ミワ:必死に逃げたよ。私が関係を続けてたってこと、そいつに漏らされちゃったけどね。
先生:それを知ったときは流石に驚きました。
ミワ:その情報をみた他の男から、連絡がきた。そいつは私に良くしてくれたよ。でも、裁判所にバレた。あいつのポイントが悪化したのよ。また必死に逃げた。男が言う通り、街頭スキャナーを避けて。でも、ダメだった。ようやく、落ち着けるかと思ったその男は、裁判所の男に殺された。
先生:…。
ミワ:この社会のどこが理想なのよ…!誰も助けてなんてくれなかった!唯一助けてくれた人も、ISiSが!社会が殺した!もちろん、もちろんね?世間一般で言ったら良いやつじゃなかったよ?喧嘩もよくしてた。この社会が続いていくのに、要らない人間ったのかもしれない…。でも、私にとっては、やっと手に入れた理想郷だったんだ…!
先生:…。
ミワ:何がISiSだ…!そんなものに、人の価値を勝手に決められてたまるか!!
先生:…。
ミワ:…。
先生:…。
ミワ:先生に声かけられたときはびっくりしたよ。私の境遇を、こんなにも理解して、こんなにも手を差し伸べてくれる人がいるなんて思ってなかったから。
先生:…。
ミワ:先生がくれたあの薬、ホントに凄いね。ポイント、ごまかせちゃうんだもん。落書きしても、最初の男に復讐しても。ポイントは全然問題なし。やっと、世界が私を認めてくれている。
先生:…。
ミワ:当たり前だよね。今まで、散々だったんだもん。私には、少しくらい、文句を言う権利がある。私をこんなにした社会に。
先生:…。
ミワ:私に、力を、勇気をくれてありがとう。先生。私は、先生に、どこまでもー
先生:ユートピアは、かつてそう信じられていたよりもはるかに、その実現可能性が高まっているように思える。
ミワ:え…?
先生:おそらく、知識階級や教養人たちが、なんとかしてユートピアを避け、それほど”完璧”ではなく、もっと自由な非ユートピア的社会に立ち戻ろうとして、その方策を夢想する世紀が、恐らく始まるだろう。
ミワ:…。
先生:知らないかい?ジョージ・オーウェルと並んで、非ユートピア小説の代表的な作者と称される、オルダス・ハクスリーの小説「Brave New World(ブレイブ ニュー ワールド)」に引用されている一文だ。元はニコライ・ベルジャーエフの言葉だよ。
ミワ:…知らない。
先生:ユートピアとディストピアについて語るなら、いつか読んでみると良い。この国では、思想に対して、強く規制していない所は評価できる。
ミワ:…先生?
先生:オーウェルは、政府に不都合な事実の抹消、テレスクリーンと呼ばれる機械による住民の徹底的な監視、言語の統制による反政府的行動の抑制を行う、超監視社会を描いた。また、ハクスリーは、胎児以前状態の人間に物理・化学的な干渉を直接与え、人為的に能力の差異を生み出すことで、非常に明確な階級社会を実現した世界を描いた。
ミワ:な、何を言っているのー
先生:彼らは、政治的に、または科学的に、全ての人々を完全に管理し得る方法の実現可能性に気づいてしまった。その方法によって実現されるかもしれない社会は、彼らの生きていた時代に考えられる諸問題を、丸ごと解決できる可能性を秘めている。故に、一見ユートピアに見えるかもしれなかった。しかし、その社会に生きる人々は、必ずしも幸福なのだろうか。
ミワ:…違う。私は幸せなんかじゃなかった。
先生:そうだね。だからこそ、彼らはそういった世界を描き、元マルキストの言葉を引用してまで、警鐘を鳴らしたかったのでは無いだろうか。
ミワ:…。
先生:だが、しかし、連合国ではかつて危惧されたような社会と酷似した世界が成立してしまった。そして、今、人々はISiSを神のように信仰している。夢想すべき、知識人・教養人たちまでも、だ。
ミワ:…。
先生:だからこそ、君には警鐘を鳴らして欲しかった。そのために、きっかけを与えた。手段を与えた。…しかし、君は本当にあと少しなのに、いつも惜しい。
ミワ:…え?
先生:…いや、なんでもありません。残念ですが、君はここまでです。せめて、最期に何か残したいことはありますか。
ミワ:…へ?どういうこと…?
先生:君の家にかけておいた思考型音声に反応がありました。どうやら、裁判所の人間が訪問しに行ったようですね。
ミワ:え、でもちゃんと返答の用意は言われて通りに組んでおいたよ…?
先生:先ほど私も拝聴しましたが、粗がありました。恐らく、裁判所の人間も、そこに気付いたのでしょう。つい先ほど、司法学校の敷地内に入ったことが確認されました。
ミワ:そ、そんな…!私は言われたとおりにやった!ちゃんとやったのに!!
先生:そうですか。ですが、過去に後悔をしても何も始まりません。大事なのは、これからです。
ミワ:…捨てるの?私を。他の奴らと同じように。この社会と、同じように。
先生:そうですね。
ミワ:…ざけるな。
先生:…?
ミワ:ふざけるなぁぁ!捨てられてたまるかぁぁぁあ!!まだ…!まだ、私は死ねないんだよぉぉぉぉぉぉお!!!
<ミワ、暗い部屋のコンクリートの階段を一気に駆け上がり、外へ逃げ出す>
先生:…さて。
Scene 19
〇聖護院司法学校敷地内
ショウ:ミワ…!ミワ、いるのか!
百瀬:待て待て少年。えーと、あ、そうだ!この、司法学校の設計図を見てくれ。おや!実際の構造との差異があるな!ほら、ここだ。恐らく、この辺りに、外装ホロに隠された空間がー
<ミワ、息を荒げて走りながら現れる>
ミワ:はぁ…!はぁっ!
ショウ:ミワ!!
ミワ:え…!?
百瀬:え、うそ。
ミワ:…ショウ?
アラタ:ミワ…。
ミワ:アラタも…。なんで…。
百瀬:あー。(咳払い)どうも、司法裁判所の新人裁判官補佐、百瀬と申します。
ミワ:…え?…まさか…。
ショウ:…ミワ、君と、少しだけ話がしたいんだ。
ミワ:…嫌。
<木の陰に、人影が現れる。誰も気づいてはいない>
ショウ:ほ、ほら。今日の朝も電話で話をしたじゃないか。体調がどうとか、昨日の宿題どうしよう、とか…。また、週末皆で勉強会をしようとか…。それと、同じ、いつものような話をしたいんだよ、ミワ。
ミワ:…やめて。
アラタ:なんだ、元気そうじゃない。何やってんだよ。俺たち、唯でさえ追試の危機なんだぞ…?サボってる場合じゃ、ねぇだろ…。
ミワ:やめてよ。
アラタ:全くよ…。今日は、午後もう休校だぞ?体調良くなったから、学校来てみたんだろ…?な?だ、だったら、もう帰って…そうだ!適当に遊びに行こうや。
ミワ:やめてって、言ってんでしょ!!
ショウ:やめない!やめないよ!!やめたら、認めることになるじゃないか…!俺は、そんなことは認めない…。違う…。絶対に違うんだ!
ミワ:…まさか、あんた達のバイトが、そんなことだったなんてね。
アラタ:…うちは、司法学校だぞ。
ミワ:ふっ…。あんた、あんな点数取っていて、本気で裁判所職員目指してたの…。学歴だけ欲しいのかと思ってたわ。
アラタ:…。
ミワ:やっぱり、この社会は理想郷なんかじゃない。ショウや、アラタまでも私の邪魔をするんだ。
ショウ:ミワ…。
ミワ:もう、いい。
アラタ:…。
ミワ:壊してやるわよ。こんな世界。
<ミワ、裁ちバサミを取り出す>
ジュカ:…!お前たち、離れろ!スケーラー、起動!数値測定!
スケーラー:対象の個体識別番号を確認。センターにて測定値を計算中。計算終了。ポイント“150”。 執行対象ではありません。トリガーをロックします。
ジュカ:…例の“何らかの方法”ってやつか。
ショウ:ミワ…。
ミワ:無駄。私のポイントは測れない。
アラタ:…くそ。おい、百瀬のおっさん!何か心当たりとか、あるんじゃねぇのかよ…ってあれ?おっさんは…?
ジュカ:なっ!?こんな時にどこに行きやがった、あいつ…!
ショウ:ミワ、もう、やめてくれよ…。
ミワ:…みんな、壊れちゃえ。
ジュカ:お前たち!さがれ!
<ミワ、裁ちばさみを構えて向かってくる>
ミワ:ばいばい。
Scene 20
〇先ほどまでミワがいた暗い部屋。
先生:…そろそろかな。
<百瀬、階段を下りて、部屋に入る>
百瀬:…やはり、居たか。
先生:朝ぶりですかね。お久しぶりです。
百瀬:何故だ?
先生:何がです?
百瀬:来るってわかってたんでしょ。
先生:そうですね。
百瀬:今のお前がホログラムにせよ、ここに残しとく道理はない。
先生:そうですね。
百瀬:何で敢えて待ってたんだ。俺のことを。
先生:…。
百瀬:答えろ。
先生:…ふふっ。
百瀬:…?
先生:敢えて待っていただなんて、ご自身のことを、過大評価しすぎですよ。
百瀬:はっ!自分で自分のこと褒めてやることの、何が悪いんだい?
先生:そうですか。
百瀬:…。
先生:私がここに居る理由について。単に興味がありましてね。
百瀬:…?
先生:個人単位の未来・将来だけでなく、例えば、大企業の経営方針、自治体の政策、果ては連合国議員の選出まで、このISiSというシステムに依存している現体制において、このAIが下す判断は、さながら神託のようにすら扱われています。しかし、誰かはわからないが、街頭スキャナーの合間を縫った逃走経路を絞り出し、真っ先にシステムの完全性を疑いながら、着実に迫ってくる影を感じた。
百瀬:…。
先生:それに、どうやら私のことも、思い当たる節があるようです。だからこそ、上にいる安延ミワを無視してまで、ここにやってきた。あなたの方こそ、私に興味があったのでは?
百瀬:それこそ、自意識過剰だよ。あの子については、上の方々の方が上手く対処できそうだ。ならば、私は、別の問題を解決した方が効率が良い。
先生:そうですか。
百瀬:…一つ聞かせろ。お前はー
先生:そろそろ時間ですね。この辺りでお暇しますよ。
百瀬:なっ…。
先生:私の居場所なら、現在君が、このホログラムをもとにかけている逆探知を当てにすれば良いですよ。
百瀬:…はっ。全部お見通しってわけか。
先生:(少し笑って)さすがに、微力ではありますが、対策はしていますよ。
百瀬:その分じゃ、辿ったところで無駄か。何かしら罠でも貼ってあるか、そもそも辿り着けないか。
先生:心配せずとも、またすぐにお会いすることになりますよ。
百瀬:お前は必ず、俺が…。
先生:ふっ…。では、また。
<先生、ホログラム切断>
百瀬:…お前は、俺が殺してやらなきゃいけないんだ。
Scene 21
,
<ミワ、ジュカに抑えられている。>
ミワ:離せ!触るな!離して!
ジュカ:くっ…!大人しくしてろ…!
ミワ:離してよ!私がしている行動は、あんた達が大好きなISiSに容認されているのよ!ポイントを確認してみなさいよ!ポイントが下がっているのは、あんた達の方でしょ!
ショウ:やめてくれ…。ミワ…。
アラタ:くっ…。
ミワ:殺す!殺してやる!何もかも全部!私に嫌なことするやつも!邪魔するやつも!裏切るやつも!全部!!
ショウ:ミワ!暴れるな!落ち着くんだ!
スケーラー:…ました。
ショウ:…え?
スケーラー:対象の測定値が更新されました。ポイント“14”。
ショウ:そんな…。
スケーラー:速やかに対象をー
ショウ:待ってくれ!!なんで、いきなりー
スケーラー:排除してください。
ショウ:そんな…。
ジュカ:…神代二級書記官。
アラタ:え、は、はい。
ジュカ:代わりに抑えろ。
アラタ:え…。
ジュカ:…執行する。
ミワ:やってみなさいよ!あんた達には何もできない!!なにもできないのよ!
ジュカ:神代二級書記官。
アラタ:…わかりました。
ショウ:アラタ!?
<アラタ、ジュカに変わり、ミワを押さえつける>
アラタ:仕方、ないだろ…。ISiSが、この世界の最大多数の最大幸福のために、ミワは要らないと、そう判断したんだ。
ミワ:え…?
ショウ:待てよ!そ、そんなことしたら、ミワに声かけてきたやつの正体も、システムを欺いた方法もわからないままだ!
ジュカ:そこも含めて、排除をすることを判断したんだ!…聞き分けろ。
ショウ:待て!やめろ!
<ジュカ、ミワにスケーラーを向ける>
スケーラー:モード”エクスキューション・ディスカード”。対象の生命活動を強制的に停止 します。
ショウ:またか…また何もできないのか…!
スケーラー:周辺のストレス値悪化に充分配慮の上、執行してください。
ショウ:救って見せるんじゃなかったのかよ!
ジュカ:執行!
ショウ:やめろぉぉぉお!
ミワ:…そっか。やっと…。
<ジュカ、執行する。ミワ、一瞬で意識を失い、倒れる>
ショウ:うあぁぁぁぁあ!!!
Scene 22
ジュカ:…眞南二級書記官。勤務時間外であったとはいえ、先ほどの妨害行為は、職務倫理規定により、罰せられる。
ショウ:まただ。まただよ。
ジュカ:正式な通達は、後程本部より伝達される。
ショウ:俺は、好きだったはずの女の子すらも、殺してしまう…。
ジュカ:今、お前がすべきなのは、終わったことをいつまでも後悔することなのか!
ショウ:…毎回毎回、うるさいな。
ジュカ:お前には力がない!知恵もない!私にもだ。能力が相手より劣っていたから、後手に回って、安延ミワの行動を防げなかった。悔やむのならば、次を起こさぬように学べ。そうして、やっと、次の犯罪を防げるかもしれないんだ。
ショウ:その「犯罪」を未然に防ぐために、システムがあったんじゃないのかよ…。
ジュカ:…メンタルケアを受けたのち、帰宅しろ。
ショウ:…わかってますよ。また、繰り返してるんですから。
Scene 23
〇ガク、自室
<自由研究と書かれたノートに、書き込みながら呟いている>
ガク:(独白)こうして、僕たちの同級生、安延ミワが起こした一連の事件は幕を閉じた。司法学校の生徒から廃棄対象が出てしまった事実は、秘匿事項として、公式な発表は伏せられ、安延ミワ本人は、家の事情による転校として処理された。僕が、この事件にて最も興味を惹かれているのは、彼女の心情と、彼女の死の間際、最も深層心理の深い部分に触れた裁判所職員たちの心理だ。幸い、メンタルケアにより、危険域と判定されることはなかったようだが、暗闇を覗くとき、暗闇もまた、こちらを覗いているという。今はまだ、箱の中に猫が入(い)れられた段階だ。二律背反の状態が、同時に存在し得る。次に箱を開けるときが、今から非常に楽しみである。
<ガク、一度筆を止める。少し、考えたのち、納得したように、再度筆を動かす。>
ガク:(独白)Case.1(ケース ワン)。…了。
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